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  新米カップルのふたりごはん

 

1.疲れを癒すオートミールポリッジ

 

「……ん……」
 窓から差し込む光と鳥の囀りに、目を開ける。
 差し込む光の角度に、午前もかなり遅い時間であることが伺える。
 ゆっくり身体を起こし、和美は室内を見回した。
 隣で寝ていると思った付き合いたての彼氏匠海の姿はない。
 一瞬不安を覚え、和美はベットから降りようとした。
 そのタイミングで寝室のドアノブが回り、扉が開く。
「あ、起きてたか」
 トレイを手にした匠海がそう言い、笑んでみせた。
「あ、あの、おはよう」
 上擦った声で和美が匠海に声をかける。
 うん、と匠海が頷き、サイドテーブルにトレイを置いて和美の隣に腰を下ろす。
「おはよう、和美」
 そう言いながら、匠海が和美の頬に唇を落とす。
「朝ごはん、持ってきたから」
 そう、匠海に言われた和美の顔は真っ赤に染まっている。
「……やばいやばいやばいやばいわたし死ぬのかな」
 両手で真っ赤になった頬を押さえ、和美がブツブツと呟いている。
 冗談はよせ、と匠海が和美の頭を撫でた。
「嘘でしょ匠海がこんな紳士なはずがない」
 こう、もっとガツガツしてたでしょ?! と和美が匠海に視線を投げるが、彼の笑顔が眩しすぎてすぐに目を伏せてしまう。
「ダメ、まともに見られない……」
「俺をなんだと思ってんだよ」
 呆れたような響きを乗せつつも余裕たっぷりな匠海の声。
 和美の耳元に口を寄せ、
「それとも……?」
 その瞬間、ただでさえ真っ赤だった和美の顔がさらに赤く染まった。
 これ以上は心臓に良くない。
 匠海の両肩に手を置き、和美は彼をぐいっと押し退けた。
「い、いやいやいやいや結構です! あ、朝ごはん、朝ごはん持ってきたんでしょ?! 食べよ?!」
 ぶんぶんと首を振り、頭の中の雑念を全て振り払う。
 ――昨日は何もなかった何もしていない
 そう、自分に暗示をかけて和美は改めて匠海を見た。
 いつもと変わらない表情かおのはずなのに、慈しみの笑みが浮かんでいるような気がする。
 こんな顔をするんだ、と思いつつ、和美はちら、とサイドテーブルに視線を投げた。
 サイドテーブルに置かれたトレイの上には湯気を上げるマグカップと何かどろっとしたものが入ったサラダボウルが置かれている。
「……おかゆ?」
「ああ、疲れてるだろうからオートミールポリッジにした」
 普段だったらトーストで済ますんだが、と言いつつサラダボウルを和美に手渡す匠海。
 湯気が上るサラダボウルからふわりと甘い香りが漂い、食欲を掻き立てる。
「熱いから気をつけろよ」
 後からスプーンを手渡し、匠海も自分の分を手に取った。
「……ありがと」
 そう言って、和美はスプーンでお粥ポリッジを掬い、口に運ぶ。
 チョコレートのような香りとポリッジを染める茶色にココアパウダーを使ったのか、と考えながら一口食べる。
 ほのかな甘みとカカオの香りが喉を通り、疲れた体に沁み渡っていく。
「……おいしい」
 ふと、漏れた言葉に匠海はホッとしたような顔をした。
「口に合ったようで良かった。日本じゃオートミールポリッジとか馴染みないだろ?」
 うん、と和美が頷く。
アメリカこっちに来てからも朝ごはんは白米とかトーストばっかりだったから。でも、オートミールも結構美味しいのね」
 もっとパサパサしてるイメージだった、と和美が呟くと匠海は「そんなことないぞ」と否定した。
「うまく調理すればいろんな料理に応用できるらしいぞ。俺は……ポリッジくらいしか作れないが」
「それよりも匠海、料理できたのね」
 純粋な驚きを込めて、和美が呟く。
 初めて会った時から、匠海の家には宅配ピザの箱やインスタント食品の箱が多く捨てられていたというイメージだったため彼が料理をする姿は全く想像できなかった。
 うわあ、傷つくなぁと匠海がぼやく。
「レパートリーは少ないが俺だって料理くらいするぞ。これでも一人暮らししてんだから」
「じゃあ、今度何か作ってよ」
 思わず和美がそうおねだりしてしまう。
 一瞬、キョトンとした匠海だったが、すぐにああ、と笑って頷く。
「和美がそう望むなら」
 そう言い、匠海も自分のサラダボウルに入ったポリッジを口に運んだ。
「ねえ匠海、作り方教えてよ」
 これおいしい、自分でも作りたい、と続ける和美。
「そんな、教えるほどでもないが……オートミールを牛乳で煮込むだけだ。そのままだと味がついてないから好きなもの入れる。今回は潰したバナナと一緒に煮込んで少しココアパウダー入れただけだ」
「へぇ、じゃあコーンポタージュの素とか入れてもおいしそう」
 簡単に説明したレシピを聞いただけでアレンジの一つに思い当たる和美に、匠海は「和美って料理得意なのかな」とふと思った。
「そうだな、いけると思う」
「今度試してみよう。その時は……食べてくれる?」
 そう、匠海に確認する和美の声は弾んでいた。
 まるで、新しいおもちゃを手にした子供のような。
 もちろん、と匠海は頷いた。
「和美の料理、食べてみたい」
 匠海がそう言うと、和美がふふっと笑ってみせる。
「いいよ、今度作ってあげる」
 その言葉で一旦会話は終わり、二人は朝食に集中した。
 そのまま、静かで穏やかな時間が過ぎていく。
 だが、その穏やかな時間も食後のコーヒーで打ち砕かれた。
「コーヒーフレッシュ、ない?」
 ブラック苦手なの、と言う和美に「牛乳でいいか?」と確認する匠海。
 和美が頷き、匠海が一旦離席して牛乳を持ってくる。
 牛乳を入れたコーヒーを和美が啜っていると。
「……な、なあ和美……」
 不意に匠海が和美に声をかける。
「どうしたの?」
 そう、和美が聞き返すも匠海にはさっきまであった余裕そうな雰囲気はどこにもない。
 言うか言うまいか、しばらく悩むようなそぶりを見せた匠海だったが、やがて思い切ったように口を開く。
「あ、あのさ……一緒に暮らさないか?」
「ぶっ!」
 匠海の言葉を待ちながらコーヒーを飲んでいた和美が盛大に吹き出す。
「え、あの、えっと……それって……」
 マグカップから頭を上げた和美がしどろもどろに口を開くと、匠海も真っ赤になりながら言葉を続ける。
「あの、付き合った翌日にプロポーズとかじゃなくて、その、もしよかったら、一緒に住んで、お互いを知れたら、いいな、って……」
 匠海の言葉がどんどん小さくなっていく。
「……同棲、ってこと……?」
 和美の言葉に声が出せず、小さく頷く匠海。
「あの、和美が嫌なら、別にいいんだ。でももしよかったら……」
「いいよ」
 優しい、和美の声。
 「やっぱり、ダメだよな」と呟きかけた匠海の口が止まり、それから恐る恐る彼女を見る。
「いいよ」
 もう一度、和美が言った。
「いいのか?」
 和美の言葉が信じられず、匠海がもう一度聞く。
 うん、と和美が頷いた。
「わたしも子供じゃないわよ、親の顔とか気にならないし。それにわたしも匠海と一緒に暮らしたい」
 その瞬間、匠海の顔が明るく輝いた。
 ものすごい勢いでマグカップをサイドテーブルに置き、それから和美の手をマグカップごと包み込む。
「ありがとう! すごく嬉しい」
「何よ大袈裟な」
 少し照れくさそうに和美が笑う。
「いろいろ迷惑かけるかもしれないけど、よろしく、匠海」
「ああ、よろしく、和美」
 そう言ってから、二人はこそばゆい感じに笑い合った。

 

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2話以降はBOOTHにて頒布中の同タイトルコピー本(もしくはPDF)で読むことができます。
https://mgshellc.booth.pm/items/4681376

 

 

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